目の前の彼は身長百八十センチはありそうな長身。力強い目力に彫りの深い顔立ち。当然目鼻立ちは整っていて、驚くほど秀麗な容姿の持ち主だった。清潔な感じの短髪は黒。ワイルドなイケメンという感じだった。
思わず見惚れた。
「そのクリーム色みたいなワンピース、Mさんで間違いないよね?」
私が返事をしないものだから再度尋ねられた。
「あ、は、はい! Mです。よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げた。
今日は夏らしく淡いイエローのワンピースをチョイスした。寒くなってはいけないからと、七分丈の白いカーディガンも着用中。Aラインのプリーツ加工のワンピースもお気に入りで、深いグリーンのラインストーンが付いたやや低めのヒールサンダルをチョイス。歩き回ってもいいように、ヒールは低いものにしておいたのだ。このコーデを目印にと伝えておいた。
「じゃ、Mさんとっておきの店に連れて行ってくれよ。楽しみにしていたんだ」
玄さんが笑った。なんて素敵な笑顔なの―― まさかこんな――驚くほどのイケメンが現れるなんて夢にも思わなかった。面白い切り返しをする人だから、もっとひょうきんな人かと思っていた。 マスクで隠された顔はわかりにくかったし、容姿については(失礼だけれど)全然期待していなかった。楽しくお喋りができて打ち解けられたらと思っていたのに。こんなイケメンが来るなんて、聞いてない!!
「で? とっておきの店ってどこ?」
「あの…」
焼き鳥とホルモンどっちがいいですか、って、こんなイケメンに聞きにくいよ!
「言っとくけど洒落た店には行く気ないから。そういうのは間に合ってる。だから遠慮しないで、決めてきた店に連れて行って欲しい」
えええ――…そう言われて仕方なく用意していた選択肢を伝えた。「…焼き鳥とホルモンのお店、どっちがいいですか?」
「えっ、そんな店連れてってくれるの? いいねー。じゃ、ホルモンにしよう」
「…」
喜ばれて複雑になった。どっちもカウンター飲み
「いらっしゃい!」 愛想のいい元気な初老の女性が店主。カウンターしかないその店は手狭で、ベテランの彼女が専用の焼き機で焼いてくれるホルモンは安くて絶品。学生の頃に家賃が安いからこの辺りに住んでいて、よく食べに来た。「眞子ちゃん来てくれたの! 久しぶりじゃないか。元気?」 おおっと。いきなり個人情報流出案件! 私が眞子だって玄さんに知られちゃった。でも、カウンターでMさんとか言っていると怪しいし、仕方ないか。自己紹介くらいはした方がいいよね。 もう少し広いお店にすればよかったと後悔したが、時すでに遅し。「生ビールにするかい?」「うん。玄さんはなにを飲む?」「じゃあ俺も生ビールで」「じゃあ、さっちゃん、生ビール2つ」 彼女は三田(さんだ)さん。お店を出す時、「サンダ」にすると覚えにくいから、「サンちゃん」にしたんだって。だからみんなから「サンちゃん」とか「さっちゃん」と呼ばれている。「レトロでいいな」「でしょ! 玄さんみたいな人には合わないと思うけど」「そうかな。偏見だ」 いやでも隣に座る玄さんはめちゃくちゃ品があって、あまり下町に馴染んでいないような気がする。どちらかといえば、ハイソな雰囲気で、上流階級の人に見える。「注文はどうしますか? 一本百円からなので、一人五本以上は注文しなきゃいけないんです。あ、でも、ペロっといけますよ。ここのホルモンはほんとに絶品なんです!」 思わず力説してしまった。「そうなんだ。俺はわからないから、Mっ…と、君に任せるよ」 私の顔なじみであるさっちゃんへの配慮だろう。Mとか呼んでいたらおかしいもんね。「眞子です。眞子って呼んで下さい」 開口一発で身バレしちゃう本名(下の名前だけだけれど)さっちゃんが言っちゃったもんね。まあ、苗字知らないからいいと思うけど。私も玄さんの名前、『玄』しか知らないし、実際の名前かどうかもわからないし。「ん、眞子ね。りょーかい」 イケメンに眞子って呼び捨てさ
「辛い時は声をあげていいと思うけど…それができないから、俺みたいな得体のしれないヤツに愚痴ってるわけだし、反論できないから困っているんだよなぁ」 こちらの気持ちをぜんぶわかってくれる玄さんが凄い。「でもな、眞子。喧嘩をしろとは言わないけれど、出来ないものは出来ないと、はっきり言った方がいい。不当な要求についてもだ。じゃないとモンペはどんどん付け上がる。人生の先輩として、アドバイスしておく」「はい。ありがとうございます!」 そっか。やっぱり出来ないことや理不尽なことは、強くつっぱねてもいいんだ! 次は頑張ろう。もっと上手に立ち回りたい。「素直でよろしい」 にこっと玄さんが笑った。この人、イケメンな上に性格超いい! こんな人とお付き合い――って、短絡的に考えちゃダメ。I.Nさんの二の舞になるかもしれないし! でも婚活アプリ登録しているくらいだから、出会い求めて――って、こんなイケメンに出会い要る? 婚活のチャンスなんか幾らでも転がってそうだし、わざわざ素性の知れない女性と繋がりを持つなんて、要らなくない? きっと彼には秘密があるんだ! 解らないけど! なんとなく!!「次があった時、玄さんのアドバイスを思い出して頑張ってみます」「そうしてみて」「はい」 あ。そっか。玄さんとは深い仲にならなかったらいいのか。 イケメンの男友達って、今までいなかったからちょっと優越感あるし。「あの、玄さんのこと、聞いてもいいですか?」「そんなに語れるものないけど」 なんかクギ刺されてる感ある?「お店は最近どうですか? お客様増えましたか?」 先ずは気になっていたことを聞いた。「あ、うん。なんか急に客が増えた。最近連日忙しい」「そうなんですね! それは良かったです!」 玄さんのお店が繁盛していることを聞いて、とても嬉しく思った。「すごく喜んでくれるんだな」「はい! モチロンです! 愚痴友ですから。自分のことのように嬉しいです」「はは、そっか。眞子がそう言ってくれたらいい気分だ」 玄さんは照れ臭そうに笑ってくれた。きゅんとする笑顔。可愛らしい一面もあるんだ。「玄さんのお店ですが、どんなお店か教えてくれませんが、なにか理由があるのですか?」「いや、別に。じゃあ聞くけど、眞子は俺の店、どんな店だと思う?」
「眞子。このクイズ、一生当てられそうにないからもういいだろ」「えー、気になりますよぉー」 と、ハタから見ると仲睦まじい様子に見えたらしく、熱々カップルに熱々ホルモンお待ち、とさっちゃんができたてのホルモンを持ってきた。「わ、うまそう」 結果玄さんのお店の話は打ち切りになってしまった。蒸し返すとしつこい女と思われるから、聞きにくい。結果謎のまま。「ビールおかわりしましょうか。さっちゃん、ビール追加。生で!」「はいよー」 彼女はまたニヤニヤしながら親指でグッドポーズを取って、ドリンクを作りに行った。生ビールなのですぐ目の前に置かれる。焼きたてのホルモンとビールを胃に収めると、最高の一言しか出ない。「めちゃくちゃうまい」 おまかせホルモン五本セットは聞き馴染みのない部位を詰め合わせたものだけれど、おいしすぎてあっという間になくなった。狭い店内はすでに混雑している。時間がかかると思ったので、私のおすすめチョイスと玄さんの気に入っていたシマチョウ串を入れて、十本ほど追加注文した。「ん、これは…?」 他愛もない話を交わしていると、焼き上がったホルモンが置かれた。見慣れない凹凸のある部位が刺さった串を不思議そうに見つめる玄さんは、すごく純粋な目をしている。まるで幼稚園児の子供と変わらない。面白い人だ。 「眞子、この凹凸のある気持ち悪いやつ、なに?」「これは【ハチノス】です。結構おいしいですよ」「え、これ、食べるの?」 ピーマン苦手な子が嫌な顔をするのと同じような雰囲気で玄さんは顔をしかめた。ふふ。本当にうちの園児みたい。「大丈夫。先生がまず見本を見せてあげるよ。ちゃんと食べられるから」 思わず園児に語る口調になってしまい、不安にさせないようににっこり笑って美味しそうに食べて見せる。「んー、おいしい! こんなに美味しいのに食べられないなんて勿体ないよ。要らないなら、玄君の分も先生が食べちゃおうかなー」「だめ」 私に取られると思った玄さんが、思わず皿を遠くへやり、ハチノスを掴んで食べた。渋面だったのは最初だけで、咀嚼するごとに表情の変化が訪れる。「うまいっ」「でしょ? 見た目は確かに気持ち悪いですが、食べないなんて勿体ないです」「なんか、眞子先生にいいようにやられた気がする」「ふふ。毎日こうやって子供に苦手な給食を食べさせているん
「えっ、使えない?」彼の端麗な顔に焦りの色が浮かんだ。 事件が起こったのは、お会計の時。 玄さんが「俺が払うから」と漆黒のカードケースからブラックカードを取り出したの! ブラックカードなんて初めて見た。こんなものを持っている玄さんは、何者? それより、ホルモン焼き屋でブラックカード使って支払おうとしている人、初めて見た。「ごめんなさいね。うちでカードは使えないよ」 この経緯があり、先程の玄さんの焦った顔に戻る。「じゃあ、こっちは?」 スマートフォンを取り出す。アプリ支払いってことかな?「スマートフォンをどうするの?」さっちゃんは首を傾げている。「アプリで支払いは…タッチ決済とか」「よくわからないけれど、現金主義なもので。現金で払っておくれ」 まずい、という顔になった。どうやら玄さんは現金を持っていないらしく、非常に焦っている。「さっちゃん、一旦私が払うから。これで」 一万円を渡し、会計をしてもらってお釣りを受け取って店を出た。これ以上玄さんに恥をかかせられない。「眞子、ごめん。俺が出すって言ったのに。少し待っててくれるか。お金をどこかで下ろしてきて、食事代金払うから」「いいよ、そんなの。最初から奢って貰うつもりじゃなかったし、ここのお会計、安いから私でも払えるもの。今日は楽しかった。だからそのお礼。ありがとう、玄さん」 談笑してすっかり打ち解けた私たちは、敬語が取れた。 今日はビールを二杯と、レモン酎ハイを一杯飲んだから、顔が赤くなっている。身体も熱くて、ほろ酔い気分だ。「まさか、カードやアプリまで使えない店があるなんて。完全に俺のリサーチ不足だった。今度埋め合わせさせて欲しい。このままじゃカッコつかないし、ほんとごめん」 こんなイケメンでも恰好つかないことがあるんだ。現金払いしか受け付けないっていうようなお店、彼は初めてなんだ。玄さんの言葉に、嘘は無かった――「もう気にしないで。それより次、またどこかに食
「それでっ。どうしたんですか!?」 さくら幼稚園で理世ちゃんに会った際、玄さんから『付き合おう』と言われたことを報告した。そうしたら歓喜の大声+詰め寄られ攻撃を受けた。「お付き合いされるんですかっ。そのブラックカード王と!」 ホルモン焼き屋でブラックカードを出す男をどう思うかと聞いたら、断然アリです、という彼女らしい回答だった。「とりあえず、お付き合いする前のお試し期間が欲しいってお願いしたよ」「ええー、そこいっちゃっていいのにー。もう眞子先輩、シンデレラガールじゃないですか! ブラックカード王と恋に落ちる! いいですねー!」「でもね、理世ちゃん」私は玄さんに対する懸念材料を述べた。「彼の本名や職業も知らないんだよ? 付き合おうって言われたのに名乗ってくれなかったもん」「そんなのなんとでもなりますよ」 や、それはならないよ、理世ちゃん。「向こうだって私のこと全然知らないのに、突然付き合おうってなるかな?」「それがなるんです! いいじゃないですか。そういう出会いっ。イケメンでしかもブラックカード持ちなんて、どこかの御曹司だったりしてー」「で、でも年収五百万円以下って書いてあったよ」「そんなのデタラメに決まってます! だって考えてみてください。年収一千万円以上あります、って書いたら、どれだけの応募が来ると思います? 謎のカード王は、きっといいお肉ばっかり食べ過ぎて、サンマみたいな魚も食べたいと思っている――つまり、庶民と付き合いたいってことですよ!」「まあ、庶民だけど…」 サンマなんて、なかなかの言われようだ。彼女が別に私をディスっているわけではないのはわかるけど…。 「お試し期間なんて設けないで、とりあえずお付き合いを考えてもいいんじゃないでしょうか」「うーん…」 私の考えが古いのかな。マッチングしてフィーリングが合えば、そのまま付き合うっていうのもアリな世の中なんだよね。今はきっと。「とりあえず次回は玄さんがエスコートしてくれるって。デート
――眞子ちゃん、明日時間ある?(ゆうた) 明日の予定かぁ…。園で会議も無いし、定時で上がれそう。大丈夫とメッセージを送った。――デートしない? 映画でも見に行こうよ(ゆうた) 映画かぁ。遅くなるから週末がいいかな。――じゃあ、仕事の差しさわりが無い金曜日がいいな! その代わり、明日はご飯でも行かない?(M)――オーケー。美味しいもの食べにいこう! という経緯があり指定の駅で待ち合わせ。今日はゆうた君オススメの美味しいお好み焼きやさんに連れて行ってくれるって。嬉しいな。 彼を待っていると、カジュアルルックなゆうた君が現れた。待ち合わせの駅からすぐのお店に連れて行ってくれた。狭くて昭和感のあるレトロなお好み焼き屋さんだった。ソースの香ばしい匂いが漂っている。食欲増進の匂いだぁ。 小さなテーブルに鉄板が敷かれた席に案内され、ゆうた君と向かい合って座った。彼イチオシの海鮮ミックスを二枚オーダーしてくれた。「ゆうた君は仕事帰り?」「ううん。今日は休みだったんだ。久々にジム行って楽しかったよ」 あ、だからカジュアルルックなんだ。仕事帰りの服装には見えなかったので納得した。「ゆうた君は、どんなお仕事しているのか聞いてもいい?」「ああ。なんかITの雑用みたいな仕事してるよ。エンジニアって聞こえがいいように言いたいけれど、仲間内でわいわいするような、なんかそんな仕事。社風も自由だし、結構ゆるい会社なんだ」「へえ、すごいね。私はパソコン苦手」「こっちからすれば幼稚園の先生の方が大変そうだって思うよー。よく聞くけどさ、やっぱ実際モンペとかいるの?」 い ま す よ ぉ! 「私の担当クラスにとんでもないモンスターがいるよ」「わ。それはご愁傷様。ちなみにどんな人?」「一言では言えないなぁ。とにかくモンスター! この前なんか、幼稚園のイベントで自分が担当している当番をサボっちゃって。無茶苦茶だったの」「それは酷いねー。あ、お好みきたよ」 ゆうた君の興味が反れてお好み焼きに集中してしまった。自分で話を振っておいて…と思ったけれど、そんなに長く続ける話でもないし、仕方ないか。 でもきっと、玄さんだったら続きの話も聞いてくれそうだ。あの人いつも短い文章だけれど、私を気遣うメッセージをくれるから――なんて…比べちゃいけないよね。彼には彼のよ
――そうか。聞いておいてよかった。あと、苦手なものや食べられないものはあるか?(玄) えっ。そんなの聞いてくれるんだ。 有難すぎる気遣い。この人絶対モテるよ。一体何者なんだろう?――牡蠣だけが食べられないけど、あとは何でも食べるよ!(M)――牡蠣ね。オーケー。それは外すようにする。じゃ、来週の都合のいい日にしよう。眞子のスケジュール教えて。(玄) 私は玄さんに空いている日を送り、次の約束が決まった。今週の金曜日は残念と思ったけれど、別の日に決まって嬉しくなる。また、会いたい。 でも、玄さんは謎だらけだ。 お互いなにも知らない者同士。だからこそ食事の前に苦手なものや食べられないものを聞くのはマナーのように思えた。 ゆうた君は決して悪気があったわけじゃない。美味しいものを食べさせたい、喜んで欲しいっていう気持ちは嬉しかったし、牡蠣がちゃんと食べれるなら、なんの問題もなかった話。私もきちんと伝えなきゃいけなかった。遠慮しちゃったから結果こうなっただけ。 次、ゆうた君に会ったらちゃんと言おう。 理世ちゃんは同時進行でもいいって言ったけれど、やっぱり私はそんな器用な事は出来ないし、玄さんと約束が被って残念と思ってしまうのは、ゆうた君に失礼だ。 それで気付いた。私、玄さんが気になっている。 まだ、好きとかそういうのじゃないけれど、もっと話をいっぱいして、どんな人なのか知りたいって思う。 玄さんのことを考えていると、ピロンピロンと通知が入ってきた。 最近SNSの方に大量のメッセージが届くのだ。あおいさんに心ない事を言われてから嫌になってあれ以来触っていないけれど、ダイレクトメッセージが鬼のように届く。見るのもいやだけれど、初期登録した時にメッセージが入ると通知メールが届くようになっていて、それが次々と入ってくるのだ。 更に幼稚園でも、私宛の無言電話や真っ白の手紙が投函されるようになった。些細なことだけれど、嫌だなと思っていたら、ゆうた君と約束していた金曜日、事件が起こる。 &n
彼女が差し出した画面には私がホテルのバイキングで食事をしているシーンがバッチリ顔出しで映っている。相手はわからないけれど、このホテルは確かTakaさんと行った蓮見リゾートホテルだ。 この写真はどうやらSNSの投稿記事の一部のようで、ハッシュタグには『#Mさん』『#僕の彼女』『#運命の女性』『#探しています』『#早く会いたい』等と書いてあった。 なにこれ、気持ち悪っ…。 これを投稿したのは、きっとTakaさんだ。しかも私の写真隠し撮りして勝手にSNSに上げてるの? 信じられない!「Mさんって貴女のことよね。それにこの投稿者は、貴女のことを『運命の女性』って探し回っているのよ。勇太に付きまとっているウザい女だから何とかして、って言っておいたから」「言ったって…無断で私のSNSの情報をこの人に教えたの!?」「付き合っているんでしょ?」「そんなわけないよ。勝手なことしないで!」「勝手はどっち? 勇太とムーミンカフェに行って、スカイツリーでデートまでして、どこまで男をたぶらかせば気が済むワケ? もう彼氏いるんだから、勇太にちょっかい出さないで!」 つり目の彼女は私を物凄く睨んでくる。 どうしてこんな展開になっているの?「私、ゆうた君とも、この人とも付き合ってない。誤解しないで」「とぼけてもムダ。同じ日の同じテーブルで写真アップしてるじゃない。位置情報も同じだし。ムーミンカフェの時もそう。貴女のSNSはずっとチェックしているからわかるもの。たーくさん書き込みもしたし、ね?」 待って。ずっとチェックしてるって…。 しかも書き込みまで…。まさかこの人―― 「その顔、私が誰だか気付いたようね?」 彼女は――あおいさんだ! だから私が羽鳥さんの事で疲弊していた時、やたら攻撃的だったんだ。 あおいさんがゆうた君の彼女だったなんて。だからゆうた君と出かける私が面白くなくて、チェックしていたんだ。「私はゆうた君から、女生徒は誰とも付き合っていないと聞いたわ。あおいさんのような
「幼稚園のメニューには牡蠣の入ったものは全然出ないし、プライベートでも食べないようにしていたから、つい忘れてた。牡蠣を食べて気持ち悪くなっちゃうって、どちらかと言えばアレルギーに近いような気がする」 この前ゆうた君とお好み焼きを食べた時、久々にしんどくなった事を思い出した。「先生にも苦手があるって言うのは、園児に言えない秘密だな」「そうそう。バレないようにしなきゃ。威厳が崩れちゃう」「眞子の話を聞いていると、幼稚園は毎日楽しそうだな」「うん。楽しいよ。子供たちは可愛いし、もうすぐお泊り保育なの」「どんなことするの?」「宿泊施設に一泊するんだけれど、ついたらまず宝探しをするの。いっぱい遊んで、カレー作ってみんなで食べて、夜はキャンプファイヤーとか。次の日は想い出の写真を入れるフォトスタンドを手作りするんだよ」「へえ。どれも楽しそうだ」 男の人はこういう話に興味はないと思っていたのに玄さんは違うみたい。興味ある感じで私の話を聞いてくれる。嬉しいな。「園外だったら、モンペの攻撃も心配しなくていいな」「まあね」「どうした。なにかあった?」 思わず浮かない顔をしてしまった私を心配して玄さんが聞いてくれた。丁度いいから手紙の件を相談してみよう。「あのね、玄さん。実は園に嫌がらせの手紙を毎日入れられているの」「えっ」 予想外の言葉に彼は切れ長の瞳を開き、驚いた。「誰宛てとか特に無いけれど、多分私に向けてだと思うの」「どうして眞子だって解るんだ?」「犯人に心当たりがあるから」「心当たりって…まさか、モンペが?」「ううん、違うよ。直接の知り合いじゃないけれど、うっすら知っている感じの人につけ狙われている感じ」「複雑そうだな」「相談に乗ってくれる?」「いいよ。アドバイスできることがあるかもしれない」 そう言ってくれたので、友人男性の別れた彼女に勘違いされて攻撃された翌日から、その嫌がらせ手紙が入るようになった詳しい経緯を語った。玄さんは私の話を真剣に聞いてくれた。犯人があおいさんという女性であると思うという自分の考えも。「その彼女に眞子の自宅は知られているのか?」「わからない。でも、知られてないと思う。家に手紙は届かないの。幼稚園だけ」「心配だな」 玄さんは長い指を顎に当て唸っている。私の相談ごとを真剣に考えてくれているんだ。
週明けの月曜日に、私はそのことを別の職員から聞かされた。 ブスが二股かけている、ビッチを辞めさせろ、等、手紙には誹謗中傷に当たる記載があったらしい。それを聞いて、思い当たるのはつり目の彼女。 あおいさん――ゆうた君とはもう関係なくなった私に、ここまでするの? でも、おかしいな。どうして私がこの幼稚園で働いているって知っていたんだろ…。 もしかして、何らかの方法で職場を突き止めたのかな。本当に怖い。 SNSの通知はもう既に切ってあるけれど、恐らくとんでもない数のダイレクトメールが彼女から届いているだろう。内容は誹謗中傷だろうな。 SNSは怖くてもうログインしていない。折角時々友達と繋がったり、リアルでない仮想の世界の友人とも仲良くなれたりして、楽しかったのに。 考えるのに疲れてしまった。今年はクラス担任としても辛いし、プライベートまで辛くなってしまうなんて。 もう、全部やめたいなぁ。 私、何も悪い事していないのに・・・・。 でも幼稚園にまでやって来て、わざわざ手紙入れるなんて酷い事をするかなぁ、と考えてみるけれど、ゆうた君に粘着しているあおいさんなら、迷惑を省みずやってしまうのかも? 誰に相談したらいいのかと思っていたら、明日は玄さんと約束している日だ。ちょっと相談してみようかな? 翌日。待ち合わせした駅で玄さんと再会。通行人も振り返る程のイケメンぶりは相変わらず。 本当にこんな人と知り合いになれたのか。なんかすごいな、マッチングアプリって。普段だったら絶対に知り合いにならない人だもん。「眞子」 名前を呼ばれ、爽やかに笑う玄さんに心はトキめいてしまう。 ああ…嫌な気分とかそういうの、全部吹っ飛んじゃうなぁ。「玄さん、会えて嬉しい」「そっか。俺も嬉しい」 危うく本気にしそうになるが、こんなのぜったい社交辞令。イケメンが庶民に会いたいとか、そんなわけ無い。真に受けないようにしなきゃ。「で? 眞子は俺と付き合う気になった?」「まだだよ。何度かデート
彼女が差し出した画面には私がホテルのバイキングで食事をしているシーンがバッチリ顔出しで映っている。相手はわからないけれど、このホテルは確かTakaさんと行った蓮見リゾートホテルだ。 この写真はどうやらSNSの投稿記事の一部のようで、ハッシュタグには『#Mさん』『#僕の彼女』『#運命の女性』『#探しています』『#早く会いたい』等と書いてあった。 なにこれ、気持ち悪っ…。 これを投稿したのは、きっとTakaさんだ。しかも私の写真隠し撮りして勝手にSNSに上げてるの? 信じられない!「Mさんって貴女のことよね。それにこの投稿者は、貴女のことを『運命の女性』って探し回っているのよ。勇太に付きまとっているウザい女だから何とかして、って言っておいたから」「言ったって…無断で私のSNSの情報をこの人に教えたの!?」「付き合っているんでしょ?」「そんなわけないよ。勝手なことしないで!」「勝手はどっち? 勇太とムーミンカフェに行って、スカイツリーでデートまでして、どこまで男をたぶらかせば気が済むワケ? もう彼氏いるんだから、勇太にちょっかい出さないで!」 つり目の彼女は私を物凄く睨んでくる。 どうしてこんな展開になっているの?「私、ゆうた君とも、この人とも付き合ってない。誤解しないで」「とぼけてもムダ。同じ日の同じテーブルで写真アップしてるじゃない。位置情報も同じだし。ムーミンカフェの時もそう。貴女のSNSはずっとチェックしているからわかるもの。たーくさん書き込みもしたし、ね?」 待って。ずっとチェックしてるって…。 しかも書き込みまで…。まさかこの人―― 「その顔、私が誰だか気付いたようね?」 彼女は――あおいさんだ! だから私が羽鳥さんの事で疲弊していた時、やたら攻撃的だったんだ。 あおいさんがゆうた君の彼女だったなんて。だからゆうた君と出かける私が面白くなくて、チェックしていたんだ。「私はゆうた君から、女生徒は誰とも付き合っていないと聞いたわ。あおいさんのような
――そうか。聞いておいてよかった。あと、苦手なものや食べられないものはあるか?(玄) えっ。そんなの聞いてくれるんだ。 有難すぎる気遣い。この人絶対モテるよ。一体何者なんだろう?――牡蠣だけが食べられないけど、あとは何でも食べるよ!(M)――牡蠣ね。オーケー。それは外すようにする。じゃ、来週の都合のいい日にしよう。眞子のスケジュール教えて。(玄) 私は玄さんに空いている日を送り、次の約束が決まった。今週の金曜日は残念と思ったけれど、別の日に決まって嬉しくなる。また、会いたい。 でも、玄さんは謎だらけだ。 お互いなにも知らない者同士。だからこそ食事の前に苦手なものや食べられないものを聞くのはマナーのように思えた。 ゆうた君は決して悪気があったわけじゃない。美味しいものを食べさせたい、喜んで欲しいっていう気持ちは嬉しかったし、牡蠣がちゃんと食べれるなら、なんの問題もなかった話。私もきちんと伝えなきゃいけなかった。遠慮しちゃったから結果こうなっただけ。 次、ゆうた君に会ったらちゃんと言おう。 理世ちゃんは同時進行でもいいって言ったけれど、やっぱり私はそんな器用な事は出来ないし、玄さんと約束が被って残念と思ってしまうのは、ゆうた君に失礼だ。 それで気付いた。私、玄さんが気になっている。 まだ、好きとかそういうのじゃないけれど、もっと話をいっぱいして、どんな人なのか知りたいって思う。 玄さんのことを考えていると、ピロンピロンと通知が入ってきた。 最近SNSの方に大量のメッセージが届くのだ。あおいさんに心ない事を言われてから嫌になってあれ以来触っていないけれど、ダイレクトメッセージが鬼のように届く。見るのもいやだけれど、初期登録した時にメッセージが入ると通知メールが届くようになっていて、それが次々と入ってくるのだ。 更に幼稚園でも、私宛の無言電話や真っ白の手紙が投函されるようになった。些細なことだけれど、嫌だなと思っていたら、ゆうた君と約束していた金曜日、事件が起こる。 &n
――眞子ちゃん、明日時間ある?(ゆうた) 明日の予定かぁ…。園で会議も無いし、定時で上がれそう。大丈夫とメッセージを送った。――デートしない? 映画でも見に行こうよ(ゆうた) 映画かぁ。遅くなるから週末がいいかな。――じゃあ、仕事の差しさわりが無い金曜日がいいな! その代わり、明日はご飯でも行かない?(M)――オーケー。美味しいもの食べにいこう! という経緯があり指定の駅で待ち合わせ。今日はゆうた君オススメの美味しいお好み焼きやさんに連れて行ってくれるって。嬉しいな。 彼を待っていると、カジュアルルックなゆうた君が現れた。待ち合わせの駅からすぐのお店に連れて行ってくれた。狭くて昭和感のあるレトロなお好み焼き屋さんだった。ソースの香ばしい匂いが漂っている。食欲増進の匂いだぁ。 小さなテーブルに鉄板が敷かれた席に案内され、ゆうた君と向かい合って座った。彼イチオシの海鮮ミックスを二枚オーダーしてくれた。「ゆうた君は仕事帰り?」「ううん。今日は休みだったんだ。久々にジム行って楽しかったよ」 あ、だからカジュアルルックなんだ。仕事帰りの服装には見えなかったので納得した。「ゆうた君は、どんなお仕事しているのか聞いてもいい?」「ああ。なんかITの雑用みたいな仕事してるよ。エンジニアって聞こえがいいように言いたいけれど、仲間内でわいわいするような、なんかそんな仕事。社風も自由だし、結構ゆるい会社なんだ」「へえ、すごいね。私はパソコン苦手」「こっちからすれば幼稚園の先生の方が大変そうだって思うよー。よく聞くけどさ、やっぱ実際モンペとかいるの?」 い ま す よ ぉ! 「私の担当クラスにとんでもないモンスターがいるよ」「わ。それはご愁傷様。ちなみにどんな人?」「一言では言えないなぁ。とにかくモンスター! この前なんか、幼稚園のイベントで自分が担当している当番をサボっちゃって。無茶苦茶だったの」「それは酷いねー。あ、お好みきたよ」 ゆうた君の興味が反れてお好み焼きに集中してしまった。自分で話を振っておいて…と思ったけれど、そんなに長く続ける話でもないし、仕方ないか。 でもきっと、玄さんだったら続きの話も聞いてくれそうだ。あの人いつも短い文章だけれど、私を気遣うメッセージをくれるから――なんて…比べちゃいけないよね。彼には彼のよ
「それでっ。どうしたんですか!?」 さくら幼稚園で理世ちゃんに会った際、玄さんから『付き合おう』と言われたことを報告した。そうしたら歓喜の大声+詰め寄られ攻撃を受けた。「お付き合いされるんですかっ。そのブラックカード王と!」 ホルモン焼き屋でブラックカードを出す男をどう思うかと聞いたら、断然アリです、という彼女らしい回答だった。「とりあえず、お付き合いする前のお試し期間が欲しいってお願いしたよ」「ええー、そこいっちゃっていいのにー。もう眞子先輩、シンデレラガールじゃないですか! ブラックカード王と恋に落ちる! いいですねー!」「でもね、理世ちゃん」私は玄さんに対する懸念材料を述べた。「彼の本名や職業も知らないんだよ? 付き合おうって言われたのに名乗ってくれなかったもん」「そんなのなんとでもなりますよ」 や、それはならないよ、理世ちゃん。「向こうだって私のこと全然知らないのに、突然付き合おうってなるかな?」「それがなるんです! いいじゃないですか。そういう出会いっ。イケメンでしかもブラックカード持ちなんて、どこかの御曹司だったりしてー」「で、でも年収五百万円以下って書いてあったよ」「そんなのデタラメに決まってます! だって考えてみてください。年収一千万円以上あります、って書いたら、どれだけの応募が来ると思います? 謎のカード王は、きっといいお肉ばっかり食べ過ぎて、サンマみたいな魚も食べたいと思っている――つまり、庶民と付き合いたいってことですよ!」「まあ、庶民だけど…」 サンマなんて、なかなかの言われようだ。彼女が別に私をディスっているわけではないのはわかるけど…。 「お試し期間なんて設けないで、とりあえずお付き合いを考えてもいいんじゃないでしょうか」「うーん…」 私の考えが古いのかな。マッチングしてフィーリングが合えば、そのまま付き合うっていうのもアリな世の中なんだよね。今はきっと。「とりあえず次回は玄さんがエスコートしてくれるって。デート
「えっ、使えない?」彼の端麗な顔に焦りの色が浮かんだ。 事件が起こったのは、お会計の時。 玄さんが「俺が払うから」と漆黒のカードケースからブラックカードを取り出したの! ブラックカードなんて初めて見た。こんなものを持っている玄さんは、何者? それより、ホルモン焼き屋でブラックカード使って支払おうとしている人、初めて見た。「ごめんなさいね。うちでカードは使えないよ」 この経緯があり、先程の玄さんの焦った顔に戻る。「じゃあ、こっちは?」 スマートフォンを取り出す。アプリ支払いってことかな?「スマートフォンをどうするの?」さっちゃんは首を傾げている。「アプリで支払いは…タッチ決済とか」「よくわからないけれど、現金主義なもので。現金で払っておくれ」 まずい、という顔になった。どうやら玄さんは現金を持っていないらしく、非常に焦っている。「さっちゃん、一旦私が払うから。これで」 一万円を渡し、会計をしてもらってお釣りを受け取って店を出た。これ以上玄さんに恥をかかせられない。「眞子、ごめん。俺が出すって言ったのに。少し待っててくれるか。お金をどこかで下ろしてきて、食事代金払うから」「いいよ、そんなの。最初から奢って貰うつもりじゃなかったし、ここのお会計、安いから私でも払えるもの。今日は楽しかった。だからそのお礼。ありがとう、玄さん」 談笑してすっかり打ち解けた私たちは、敬語が取れた。 今日はビールを二杯と、レモン酎ハイを一杯飲んだから、顔が赤くなっている。身体も熱くて、ほろ酔い気分だ。「まさか、カードやアプリまで使えない店があるなんて。完全に俺のリサーチ不足だった。今度埋め合わせさせて欲しい。このままじゃカッコつかないし、ほんとごめん」 こんなイケメンでも恰好つかないことがあるんだ。現金払いしか受け付けないっていうようなお店、彼は初めてなんだ。玄さんの言葉に、嘘は無かった――「もう気にしないで。それより次、またどこかに食
「眞子。このクイズ、一生当てられそうにないからもういいだろ」「えー、気になりますよぉー」 と、ハタから見ると仲睦まじい様子に見えたらしく、熱々カップルに熱々ホルモンお待ち、とさっちゃんができたてのホルモンを持ってきた。「わ、うまそう」 結果玄さんのお店の話は打ち切りになってしまった。蒸し返すとしつこい女と思われるから、聞きにくい。結果謎のまま。「ビールおかわりしましょうか。さっちゃん、ビール追加。生で!」「はいよー」 彼女はまたニヤニヤしながら親指でグッドポーズを取って、ドリンクを作りに行った。生ビールなのですぐ目の前に置かれる。焼きたてのホルモンとビールを胃に収めると、最高の一言しか出ない。「めちゃくちゃうまい」 おまかせホルモン五本セットは聞き馴染みのない部位を詰め合わせたものだけれど、おいしすぎてあっという間になくなった。狭い店内はすでに混雑している。時間がかかると思ったので、私のおすすめチョイスと玄さんの気に入っていたシマチョウ串を入れて、十本ほど追加注文した。「ん、これは…?」 他愛もない話を交わしていると、焼き上がったホルモンが置かれた。見慣れない凹凸のある部位が刺さった串を不思議そうに見つめる玄さんは、すごく純粋な目をしている。まるで幼稚園児の子供と変わらない。面白い人だ。 「眞子、この凹凸のある気持ち悪いやつ、なに?」「これは【ハチノス】です。結構おいしいですよ」「え、これ、食べるの?」 ピーマン苦手な子が嫌な顔をするのと同じような雰囲気で玄さんは顔をしかめた。ふふ。本当にうちの園児みたい。「大丈夫。先生がまず見本を見せてあげるよ。ちゃんと食べられるから」 思わず園児に語る口調になってしまい、不安にさせないようににっこり笑って美味しそうに食べて見せる。「んー、おいしい! こんなに美味しいのに食べられないなんて勿体ないよ。要らないなら、玄君の分も先生が食べちゃおうかなー」「だめ」 私に取られると思った玄さんが、思わず皿を遠くへやり、ハチノスを掴んで食べた。渋面だったのは最初だけで、咀嚼するごとに表情の変化が訪れる。「うまいっ」「でしょ? 見た目は確かに気持ち悪いですが、食べないなんて勿体ないです」「なんか、眞子先生にいいようにやられた気がする」「ふふ。毎日こうやって子供に苦手な給食を食べさせているん
「辛い時は声をあげていいと思うけど…それができないから、俺みたいな得体のしれないヤツに愚痴ってるわけだし、反論できないから困っているんだよなぁ」 こちらの気持ちをぜんぶわかってくれる玄さんが凄い。「でもな、眞子。喧嘩をしろとは言わないけれど、出来ないものは出来ないと、はっきり言った方がいい。不当な要求についてもだ。じゃないとモンペはどんどん付け上がる。人生の先輩として、アドバイスしておく」「はい。ありがとうございます!」 そっか。やっぱり出来ないことや理不尽なことは、強くつっぱねてもいいんだ! 次は頑張ろう。もっと上手に立ち回りたい。「素直でよろしい」 にこっと玄さんが笑った。この人、イケメンな上に性格超いい! こんな人とお付き合い――って、短絡的に考えちゃダメ。I.Nさんの二の舞になるかもしれないし! でも婚活アプリ登録しているくらいだから、出会い求めて――って、こんなイケメンに出会い要る? 婚活のチャンスなんか幾らでも転がってそうだし、わざわざ素性の知れない女性と繋がりを持つなんて、要らなくない? きっと彼には秘密があるんだ! 解らないけど! なんとなく!!「次があった時、玄さんのアドバイスを思い出して頑張ってみます」「そうしてみて」「はい」 あ。そっか。玄さんとは深い仲にならなかったらいいのか。 イケメンの男友達って、今までいなかったからちょっと優越感あるし。「あの、玄さんのこと、聞いてもいいですか?」「そんなに語れるものないけど」 なんかクギ刺されてる感ある?「お店は最近どうですか? お客様増えましたか?」 先ずは気になっていたことを聞いた。「あ、うん。なんか急に客が増えた。最近連日忙しい」「そうなんですね! それは良かったです!」 玄さんのお店が繁盛していることを聞いて、とても嬉しく思った。「すごく喜んでくれるんだな」「はい! モチロンです! 愚痴友ですから。自分のことのように嬉しいです」「はは、そっか。眞子がそう言ってくれたらいい気分だ」 玄さんは照れ臭そうに笑ってくれた。きゅんとする笑顔。可愛らしい一面もあるんだ。「玄さんのお店ですが、どんなお店か教えてくれませんが、なにか理由があるのですか?」「いや、別に。じゃあ聞くけど、眞子は俺の店、どんな店だと思う?」